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爆笑問題と考えるいじめという怪物 2015年22冊目

爆笑問題と考えるいじめという怪物 ★★★☆☆



フリースクールなんて甘やかしではないか?クラスで勉強せずに将棋?来たい時にくる!?」、そう思っていた。

でも、考えてみると学校には
運動が得意な子供、得意でない子供
勉強が得意な子供、得意でない子供
コミュニケーションが得意な子供、得意でない子供
等、さまざまな振り幅を持った子供が入学してくる。その振り幅に学校はそもそも対応できるようにはできていないのではないか。

振り幅の中間にあるマジョリティには学校はとても効率がいいと思う。
しかし、上の方に属している子供と下の方に属している子供にとって学校は合わないのは容易に想像できる。子供たちは学校しか無いとなったら絶望を感じるだろう。だから、そういう子供には別の施設が必要だ。

勉強が得意な子供には、飛び級や大学への転入などより高度な勉強の出来る機会を与えるべきだ。
学校に馴染めない子供にはフリースクールや他の能力を伸ばす施設で勉強すべきだ。例えば音楽特化の施設だったり、スポーツ特化の施設だったり。

これらの施設は現在のように有志による運営ではなく、学校と同様に社会のシステムとして当然支えるべきだと思う。

いじめがストレスのないところでは少なく深刻化しないというのであれば、この方法で改善できるのではないだろうか。




p.8

いじめを考えることは、人間の深遠なる心のナゾを考えることにほかならない。

p.86

いじめってすごく抑圧されるところで起きやすいんですよね。やっぱり人間もいきものだから、枠の中に押さえつけられていると、ストレスややっかみなど色々な気持ちが出ますよね。

p.144

どんどん我々の生活が直接の体験ではなくて、間接的なものになっている。それこそTwitterで「死ね」とか書いたのが、全世界に同時配信されるわけではないですか。よほどの想像力を働かせないと、そのことの持っている重さというのがわからないまま、だれでも気楽にツイートできる時代になってしまった。

p.157

学校の教科書にも太宰治三島由紀夫の文章がありますよね。川端康成だってある。皆自殺者ですよ。でも、生きる意味というのは、その人たちの文章の中に書いてある。俺は若い頃読んでいて、もしかしたら太宰に影響を受けて自殺していた可能性だってある。

子どもの自殺をきっかけに、過去に幾度となく、いじめは社会問題となっている。どうして悲劇は繰り返されてしまうのか。そもそも、なぜいじめは起きてしまうのだろう?いじめられたことのある子どもたちや、“いじめ”を起こさない学校を、爆笑問題NHK「探検バクモン」スタッフとともに現場取材、その深層を探っていく。さらに、尾木直樹氏らの専門家、いじめを乗り越えたゲストたちと徹底討論。いじめに対処する方法について真剣に議論する。