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図説中村天風

図説中村天風 ★★★★★

写真集に解説がついたもの。
写真を見ると、本当に実在したんだと実感させられた。

また今まで読んできた天風に関する本では、天風哲学が0から悟りを開き会得したものかと思っていたが、西洋を廻り縁によって出会った著名人の言葉が元になっていることを知った。
西洋では何も得ることがなかったかのような印象を持っていたが、実は西洋から多くを得ていたのだ。

p.39 オリソン・スウェット・マーデン著「如何にして希望を達す可きか」
この時期、天風はマーデン著”How to get what you want”を友人から勧められ、必死に読んだという。

同書には以下のような内容が書かれている。
「我々は常に自分の思想や理想とするものに引きつけられ、それに関係しようとする。私たちの境遇は私たちの心の引力の結果である。常に病気を思ったり、それを気にしたりしていては、到底健全にして抵抗力のある身体を作り上げることはできない。病気にかかっていない状態を常に心に描かなければならない。然るに汝の求めるものをまず考えてみよ。自ら求めるものに対して心の全力を集中して考えてみよ。これすなわち、自ら求めるものに対して磁石となす途である。」

天風は、ニューヨークに着いてすぐにマーデン博士に面会を求めた。しかし、期待が大きすぎたためか、会って話を聞いても救われなかった。

”会って話を聞いても救われなかった”と書いてあるが、これが天風哲学の基礎になっているのは間違いないと思う。

p.40 コロンビア大学
聴講生となり、内分泌腺やリンパ腺などの免疫系と自律神経系統について学ぶ。しかし、医学知識が増えれば増えるほど、病気の怖さを知るばかりで、自らは何ら手を打つことが出きなこと気づき、心の平安を得られる哲学を求めてヨーロッパに渡ることとなる。

p.42
ドイツでは、哲学者であったハンス・ドリーシュ博士(1867-1941年)の説く生気論(Vitalism)を学んだ。
生気論とは、生命には神秘的な要素としての「生気」が宿っているという生命観で、生命を一種の機械とみる「機械論」に対する考え方。古代ギリシャアリストテレスが唱えたことで有名である。
ドリーシュ博士は、生命現象は肉体的・科学的な現象のみで説明出来るものではなく、物質の機能以上の生命力(vital force)による、という「新生気論」を唱え、「生物哲学」などを著した。
この考え方は天風に大きな影響を与えたと思われるが、その生命力を充実させるにはどうしたらよいか、という天風の問いには未解決のままであった。

p.45 イマヌエル・カント
「貧しい馬具商の息子のカントは、生まれつき背中に障害があり病弱だった。少年カントを診た医師は、『気の毒だけれど、しかし苦しいのは身体だけのことだ。あなたの心はどうもないだろう。苦しいと言えば親は心配する。同じその口で心の丈夫なこと、死なずに生きていることを喜び、感謝の言葉を言ったらどうかね。そうすれば苦しい、辛いも大分軽くなる』と諭してくれた。その時からカントは、両親に自分の身体の苦痛を訴えなくなった」
「身体と心は別ではないか」というカントの話に感銘を受けた天風であったが、心と身体のどちらだけをつるわけにはいかない、全人間としての在り方を模索していたに違いない。

p.45 マックス・プランク
プランク博士の導き出した「プランク定数」は、光が波動であると同時に、光子という粒子でもあることを証明した。プランク定数が、波動と粒子という互いに排他的な条件を一致させ、そのエネルギーを確定させるものであるということから、天風は一つのヒントを得た。すなわち、身体と心という互いに排他的な条件を一個の人間の中に確定させることにより、人間も本来のエネルギーを効率的に発揮することができるのではないかというのである。


カントの考えとプランクの考えを合わせたのか!

p.47 エジプト・カイロ
天風が村人に、ここはどこかと尋ねたところ、村人は怪訝そうな顔で、「ここはお前のいるところで、おれのいるところだ」と答えたという。
自分の存在を地図という相対的なもので既定されなければ把握できない文明人に対して、そこは常に自分が存在することろであるという村人の認識は、人間としての確固たる実存感を有していた。


アイデンティティを他との対照で見る文明人には驚きだっただろう。

p.64 「病と病気」
天風は、身体が病原菌に冒されることを「病」と言い、気持ちから健康を損なうことを「病気」と称して、この二つを厳密に区別して説いた。
病の時にそれを気にすれば、悪くことはあってもよくならないことは、誰でも知っている。
喀血一つでも、気にすれば心悸亢進を起こすこともある。しかし、知っていながらその心をどうにもできないのが人間である。
天風は、「身に病あろうとも、心まで病ませるな。運命に非なるものありしといえども、心まで悩ますな」と説き、自分の心を思うとおりに使いこなすための方法を教示した。それは、自分というのは身体でも心でもなく、身体や心は命を生かすための道具であるという認識である。
我々は、命を生かそうとする自律神経系統の活動機能に支えられている。そして、その神経系統の活動機能に強く影響するのが潜在意識であり、潜在意識が積極的な観念に満たされていれば、人間の身体も心も強固なものになり、病にも運命にも負けない強い自分を作り上げることができる。
天風は、潜在意識を積極的なものにするには、言葉が大切であると説いた。人間だけに与えらられた言葉は、直接的に実在意識に与える影響が非常に大きく、そのとおりの状態になって機能し出すのである。痛いとか辛いとか苦しいなどを言葉に出せば、不愉快な思いが実在意識に刻み込まれ、それが潜在意識の中に恐怖心や不安感を作り出し、神経系統の機能を脅かす材料になってしまう。しかし、気高い言葉、明るくて元気な言葉など、積極的な言葉を使っていれば、生命の一切が極めて状態のいい事実になってあらわれてくる。
天風は、心の中の消極的な要素を、言葉の暗示により積極的なものに変えることを「観念要素の更改法」と呼び、具体的な実践方法として寝る前にな暗示方などを教授した。


今までの本で読んだ天風哲学。

p.66 「成功の秘訣と平和の要諦」の要旨
何を置いてもまずこの「縁」を重大に考え、すべてを「一つ」と考える時、自分が自分を憎んで疎外したり、自分を打ったり傷つけたりするはずがないように、他人のことも自分のことのように思いやる愛の錠というものが発露する。愛の情こそは和の種子であり、人との和こそが成功の秘訣なのである。


なるほど。

p.67 「幸福の要諦」の要旨
人生の真の幸福は、あらゆる苦悩を苦悩とせざる心の中に存在する。


そんな柔には手に入らないよということか。

p.89 天風の身の回りの品々
天風は来客と話をしながらブラインド・タッチでタイプライターを打つので、驚かれた。このタイプライターは、用紙が挟まったまま保管されていた。その用紙には次の英文が打ちかけてあった。

A person who is neatly dressed, who walks erectly, and whose tone of voice is pleasing attracts us. We are prepared at once to listen to what he has to say. By the same token, the untidy, slouchy, or

(こさっぱりと身なりを整え、颯爽と歩き、楽しげな声の調子の人に、我々は心惹かれるものである。そういう人が話すことには、我々はすぐに耳を傾ける。同様の理由で、だらしなく姿勢も悪い…………)

そういわれると、表紙にしろ、中のいろいろな写真にしろお年を召しいるのにもかかわらず背筋がしゃんとしている。
まさしく”凛としている”。
また、天風会の山駆けで一番になったり、江戸っ子丸出しで笑いを取りながら説法をしていることすべて当てはまる。
こういった身なり、姿勢、言葉が人を引きつけることを客観的に認識して、実践していたんだな。
すごい。
辻説法で聴衆の心をつかむ苦心の末、会得したものかも知れない。

中村天風の言葉の中で自分の気に入った言葉となった。

内容(「MARC」データベースより)
自らの体験をもとに、充実した人生を送る方法論を確立した中村天風。肺結核の発病、欧米で学んだ先端医学・哲学、インドでの修行と悟り、戦時下の啓蒙活動…。豊富な図版が映し出す、その生涯と人間像。